つぎさん家

独り言がだだ漏れ

私のオーディオ観

どうも つぎです

 

タイトル通りですが、ふと思ったので綴っていきたいと思います。

 

私のオーディオ遍歴を含めてオーディオ観とさせて頂きますね!

 

私が最初に触れたオーディオは父の1980年代一体型コンポでした。KENWOODの一式当時50万円するシステムです。

 

ちょうど小学生ぐらいの時に父のシステムを聴きました。その時は何も思いませんでしたが、中学生になりパソコンを買ってもらった時に音楽を聴くようになりました。その時によく父と一緒にシステムでビートルズやビリージョエルやカーペンターズなどを聴いた思い出があります。

 

当時では珍しいβテープ、レーザーディスクもありました。父は家電コーナーで働いていたこともあり、自宅にはいろんな機材があったのです。レアなものだと、TDKのメタルテープが未開封の状態で保管されていたり、初代SONYのCDプレイヤーまでありました。他にもキリがないくらい色々あります(笑)

 

そんな環境で育った27歳の私ですが、実際にオーディオを買ったのは高校生の時でした。高校生時代はバイトをしていなかったため、お年玉を貯めて今では考えられない20GBのフラグシップモデルのウォークマンを買いました。当時、ウォークマンが主流でiPodはまだ出始めな上、知名度も低く、高いイメージだったのを覚えています。

 

PCも中学で買って貰ったこともあり、ウォークマンに曲を取り込むのも捗りましたね。高校時代のオーディオは非常に充実していました。インディーズロックやジャズ、洋楽、同人など幅広く曲収集に没頭できました。

 

その後、大学へ進学しバイトを始めます。ここで初めて自分のお金でオーディオを買うことになります。ヘッドホンです。K701を愛用していました。このヘッドホンのポテンシャルを出してあげるためにアンプやDACやプレイヤーなどを試行錯誤して、オーディオの深みへと足を踏み入れて行ったのです。

 

そして、大学卒業後は無事に内定を貰って働くことができたので、思い切ってスピーカーの環境へ移行しました。

 

ここからが私のオーディオ観となります。

 

ここまで父のシステムから自分のシステムへ変化したわけですが、とにかくオーディオをやるきっかけってなんだろうなって考えた時に

 

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好きな曲好きな時好きなだけ思いっきり聴きたい」だと思いました。

 

その中で、自分が聴いたこともないようなアーティスト・楽曲の表現に触れることができた時、さらに未到達の音を追い求めたくなり、それが結果オーディオのグレードアップへと私を導きました。

 

大学生の時に本格的なシステムを組んだのでかれこれ10年ぐらいになりますが、やっと自分の到達したい音の領域が見えてきたところです。そして、私の考えるオーディオ観についても深まってきました。少しまた趣向を変えてお話させて頂きます。

 

昔に遡りますが(と言うほど昔には生まれてないですが)、ヴィンテージ時代のオーディオは音が前に出てくるほど速く、空間に楽器そのものが定位するほど音の鮮度が高い時代でした。

 

しかし、現代はそこまでコストがかけられないため、低能率・低インピーダンスで低コストはもちろん小型化され低域も充実したスピーカーが主流です。高能率スピーカーだった時代はしっかりスピーカーから音が出てるのに対して、現代のスピーカーは空間と低域をうまく使って鳴らしている印象です。

 

そんな現代のスピーカーと現在の音源を天秤にかけた時に果たして音源を表現するスピーカーシステムは釣り合っているのか?と考えましたが、私はどちらかというと否定的です。

 

音源の推移を見ていくと、レコード時代はアナログ波形で限りなく生に近い音源(表現が豊かとも言う)でした。しかし、耐久性や生産性の観点からみると現実的ではない時代がやってきてしまい、CDへ移行。当時はドンシャリサウンドのウケが良かったそうです。もちろん、ここで問題になったのが音圧に関することでした。(音圧戦争の勃発)こうして過去を辿ってみると、レコードのようにアナログ波形で限りなく生に近いものを聴く機会が徐々に失われていきました。しかし、音源が原点に還ろうとしている今オーディオシステムは追いつけていません。

 

なぜなら低能率スピーカーが主流の中で生に近い音源を低能率スピーカーで忠実に鳴らそうと思うとかなりの努力が必要になります。

 

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というのも、メーカーは売り込むことしか考えていないので、価格を盾にして何かしら見合わないオーディオ製品を世に出しているからだと私は考えています。ポータブルでは「価格が高いから良い」、据え置きでは「スペック・性能が全て。このスペックだからこの価格ぐらい出してね」といった風潮が非常に見受けられます。本来であれば良い音を手軽に楽しめるならそれに越したことはないのですが、求めようとするとお金がかかるのは必然です。しかし、それが過剰になりすぎている傾向にあることを伝えたかったです。

 

その過剰になっている現状で、お金を出せばとにかくこれが良い音だと言わんばかりに躍起になっているのがあまり好ましくないように思えます。特にSNSやネット上で簡単に情報が共有できる時代ですので、”メーカー「すごい製品出す。」→ユーザー「値段高いけど、それだけ良いものでしょ!」→購入後「すごすぎ!みんなも買った方が良いよ!」→みんなが買っているものは良い→ループ”の流れで、大きくまとめられるのかなと思います。

 

上記のことは大して気にしてませんが、

 

「性能や価格すごいから良い」で簡単に片付けられてしまって、自分の好きな音に関しては大抵何も触れられていないのが問題かなと思っています。

 

突然ですが、座右の銘風に言うと「良い物は高くても買え」です。

 

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良いものだという前提で、良いものを手に入れるためにはその価値の代償として高いお金や物に替えてでも買えという単純明解な理由です。お金が前提ではありません。あくまで価値に対して払う対価としてお金が必要なだけです。これに当てはめると逆に感じてしまいます。

 

例えばですが”こういう音にしたくてこの機材を入れたらこれだけ変わった!やっぱり思ってた通り良いわ〜。”みたいな感じで、性能や価格はあくまで導入後に感じた音の結論の対価であって、導入してみないことには好みに合うか合わないかなんてわかりませんから価格=音質には決してイコールで結ばれないものだと思っています。

 

以上のことを当てはめて話を戻します。

 

先ほどお伝えした低能率スピーカーやイヤホン・ヘッドホンを生に近い音で鳴らすということについてですが、これにはアンプ側にパワーが必要になります。そのパワーは性能が上がることで補うことができますが、値段も跳ね上がります。それが結果全てではないですよね?

 

そういうことです。

 

結論

 

私のオーディオ観について話してきましたが、色々な話を織り交ぜながら焦点をどこに当ててるのかわかりづらくて申し訳ありません。

 

そんな感じで進めてきましたがそろそろまとめます。

 

・好きな曲を、好きなアーティストを良い音で楽しみたいと言う本来の目的を忘れて、価格や性能に振り回されてませんか?

 

・また、その価格や性能はあなたにとっての価値が高いものではありますが、最終的な音については感覚です。その感覚のほうが価値の高いものだと私は思います。

 

SNSやネットが当たり前のように普及しメーカーや他人に左右されやすい中でも自分が良いと思うものを見つけてもっと突き詰めて末長く使ってあげてください。

 

・オーディオ機器をグレードアップする上で「オーディオ機器を聴く」のではなく、「好きな曲を目一杯楽しめる」ようにグレードアップができるのか、もう一度自分の原点を振り返って見て欲しいです。

 

 

 

ここまで色々書きましたが、趣味だからこそ全力で楽しんで自分のオーディオ道を貫いてください。